話が一段楽した後食事となった。料理は部屋の外にいた二人の女性が持ってきた。運んできたバスケットの中にはサンドイッチが入っている。 女性たちはキョウカと話した後、また部屋の外に出て行った。 「聞いていいか?」 水で口を潤してビュウは言った。 「何?」 レイはパンを口に押し込むように食べながら聞いた。はしたないなと思いながらもビュウは言葉を続けた。 「これはどうして光ってるんだ?」 指差した先は天井。そこにある光源をさしていた。その光源は四角い形をした石のようなもので、天井に埋め込まれていた。中に何か入っているわけではなく、それそのものが光っているように見える。 「ああ、魔石のことか」 キョウカがビュウの指差すものを見て答えた。 「魔石は魔力に反応する石のことだ。魔石は魔力を中に集めることが出来るが、石によってはその魔力をエネルギーに変換して出力する。この魔石の場合は光として放出している」 キョウカが話す間に、レイが机の下に置いたランプを手に取り机の上に乗せる。 「普段、魔石は大気中から少しの魔力を得て、少しのエネルギーに変えてるの。でも、私みたいな魔法使いはその魔石に自分の魔力を流し込むことが出来る。そうするとたくさんの魔力が魔石にたまるから、大きなエネルギーに変わるわ」 レイはそう言ってランプの芯を指差す。 「これも魔石なの。今も少し光ってるでしょう? 普段は手持ちの部分から魔力を流すんだけど……」 レイはランプの芯に指先を当てる。すると、指先を当てた所を中心に徐々に光が強くなっていく。 「魔石はこうやって道具として使われているわ。魔力を流せる人にとっては便利なものよ」 「珍しいものがあるんだな」 ビュウは素直な感想を述べた。 「あっちの世界には魔力なんてないだろうからな。こういったものはないだろう。学者に言わせれば、こちらの世界にはあっちの世界と同じものは存在しないらしい。あるのは似たものだけだそうだ。だから、例えば、製鉄なんかを私たちの世界の知識を元に行ってもうまくできないらしい」 キョウカが愚痴るように言った。医者としてその差異を実際に感じているのかもしれない。 「魔石は光る意外にどんなものが?」 「他にもいろいろあるわ。熱くなったり、冷たくなったりするものとか」 「私が持っているものもある」 キョウカは鞄から透明な丸い石を取り出す。 「これは魔力の吸収力が高い石で、魔力を持つものが触れると魔力が吸い取られる」 そう言って石をビュウに投げる。ビュウは右手で石を受け止め眺めた。 「何も起こらないだろ」 「でも私が触ると」 レイが石に触れる。そうすると、透明だった石がレイが触れたところからきらきらと輝き始める。 「魔力には色があるらしく、それも個人差がある。だいたいは髪や目の色だな」 石はもう透明な部分がなく、銀色にきらきらと輝いている。 「私は診察道具としてその石を使っているが、主に拘束のために使われる。その石が体の魔力の流れを乱すから魔法の発動が難しくなる。まあ出来ないわけではないから、安心できるわけではないが」 キョウカが話す間、ビュウは他の事に意識が向いていた。 体がおかしい。そうビュウは感じていた。石を手に取ってから体の中の何かが引っ張られる感じがしていた。 血だ。体中の血が、そして体の奥にある何かが引っ張られている。 奥に閉まっていたものを体中にめぐらせる。そうすると今度ははっきりと体中を巡る血が手から石に引っ張られるのがわかった。そして、ビュウは引っ張られるままにそれを押し出した。 「えっ……」 だれともなくつぶやいた。ビュウの手にある石は、その銀の輝きを侵食されていた。まるで水に墨汁をたらすよう、輝いていた光は徐々に曇っていきとうとう真っ黒に塗りつぶされてしまった。 そしてきしむような音がしたと思ったら、ビュウの手の中の石にひびが入る。慌ててビュウはその何かを押し出すのをやめるが、石は割れてしまった。 「どういうこと?」 レイがつぶやく。 「どうして、ビュウは魔力があるの?」 「魔力を持っているなら石を持った瞬間から魔力が取り込まれるはずだ」 キョウカはビュウと石を交互にみて考え込む。 「ビュウはキョウカと同じ世界から来たんでしょう? そっちの世界には魔力なんて無いってキョウカも――」 「同じものは無くても、似たようなものならあるかもしれない」 キョウカがレイの言葉をさえぎる。 「ビュウ、その石に何をした?」 キョウカは強い言葉でビュウに尋ねた。 「何を、したんだろうな」 「わからないのか?」 「さっぱり。何かが引っ張られる感じがして、そのまま押し出しただけだ」 ビュウの答えは要領を得ない。だが、その答えはビュウの心情そのものだった。 ビュウには自分の中にある何かの正体がわからなかった。だからキョウカの疑問に答えることができなかった。 「後で考えたら? 今考えてもしょうがないでしょう」 「……そうだな、後にしよう。ビュウ、石を返してくれるか?」 キョウカがビュウへ手を差し出す。 「ああ。すまない、石を壊してしまって」 「かまわん」 キョウカはビュウが渡した石を一通り眺め、机の上に置き食事を続けた。 食事が終わった後、キョウカがビュウたちを見て言った。 「今更だが、二人とも着替えたらどうだ」 ビュウとレイは汚れた服を着たままだ。特にビュウの衣服はもう着れそうにないほどひどい。 「そうね。でも、ビュウの服はどうしよう」 「使用人の者が残っているだろ」 「そうね、それにしましょう」 レイは席を立ち。ビュウについてくるよう促す。ビュウもレイに従い、一緒に部屋を出た。 一人残ったキョウカはビュウの魔力が入った魔石を手に取り眺める。 石は相変わらず黒く染まったままだ。その黒色は黒曜石のようにきれいな色ではなく、色んな絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような、そんな濁った黒色をしている。 その色はキョウカに不吉な何かを連想させた。 「ばかばかしい」 そうつぶやいて、キョウカは石をかばんへ投げ入れた。 レイとビュウが体の汚れを落とし着替えた後、キョウカは護衛と共に帰って行った。何度も誰かを残そうとレイを説得していたが、レイは首を立てには振らなかった。 レイはキョウカを見送った後、ビュウに屋敷の中を一通り案内した。その間、他の誰にも会うことはない。 「この屋敷にひとりで住んでいるのか?」 「ええ。門とか、塀の周りに人はいるけど、敷地の中には入ってこないわ」 屋敷の中に人の気配はまったく無い。窓から入る月の光に照らされた廊下は、大口を開けて人を飲み込もうとしているように見える。 「あなたの部屋はここよ」 レイは扉を開けてそういった。今いるのは二階の部屋の一つで、かなり広さのある部屋だ。あまり使われていないのか、少々埃っぽい。 「寝室はあっちよ。好きに使ってもらってかまわないわ。何かあったら私に言って、隣の部屋にいるから。奥のほうね」 レイはビュウに背を向け部屋を出ようとする。だが、その前にビュウにその手をつかまれた。 「えっ」 振り返ったレイはビュウを見るがその表情からは何も読み取れない。そして、レイの視界が突然ぶれた。何が起きたのか理解できずレイは小さな悲鳴を上げる。 何かが倒れる音が部屋に響いた。そのときレイは自分が何をされたのかわかった。ビュウに押し倒されたのだ。ビュウはレイに馬乗りになって、その顔を見下ろしている。 「はっ……」 レイは苦しそうに声を絞り出す。その声にビュウは何も反応を示さない。 「何を……!」 レイがビュウをにらみつける。だが、ビュウはレイの上で何も言わず、じっとしたままだ。 長いようで短い間、部屋が静寂に満たされる。 レイは何も反応しないビュウを不審に思い様子をうかがった。 ビュウの目にはレイが映っている。けれど、ビュウの意識は別のところにあるようだった。 「ビュウ?」 まるで、何かを待っているような、そんなビュウにレイは声をかけた。どうしたの、と言葉を続けようとしたとき、ビュウは突然顔を上げた。 「いた」 「え?」 レイのつぶやきに大きな音がかぶさる。ビュウが飛び出すのと、レイが音の方向を向くのは同時だった。 レイの目に写るのはビュウの背中。その奥の割れた窓。そして、その間にいる、こちらに迫ってくる人。 「レイ様!」 声の主は黒い服を着た女性。彼女が窓を割って侵入してきたのだ。 女性はビュウの反応の速さに驚き、手が遅れる。その隙をビュウは突いた。 女性の手にあった短剣を弾き飛ばす。だが、それ以上の追撃はできず、二人はそのまますれ違い立ち位置を入れ替えた。 少しのにらみ合いの後、背後に気配を感じビュウは振り向く。 もう一人、窓枠に女がいた。 「やめろ、レイ様にあたる!」 女が声を上げる。どうやら窓枠にいる女は魔法を使うつもりだったらしい。 彼女が動きを止めたのを感じビュウは視線を戻した。自分を真直ぐ射抜く敵意と殺意に挟まれながら思考を切り替える。まず目の前の女からだ。 ビュウは一瞬で女と距離をつめた。女もその動き捉えている。 ビュウの先手、放たれた拳を女は両手で受け流す。そのまま女は前へ進み、突き上げるように肘を打ち出した。 ビュウはもう片方の手で肘を受け止め、肘を支点に顔へ迫る女の拳を避けるために後ろへ下がる。そのとき、女の手を掴もうとするが、女はビュウの手をすり抜けた。 ビュウは痛みでしびれた手を軽く振る。思ったよりも強い。それに見た目以上の胆力だ。ビュウは女に対する認識を改めた。 彼女達からビュウに向けられる敵意と殺意は衰えることは無い。このまま終わらせる気はないだろう。後ろの女も既に部屋の中だ。このままではビュウは二人を一度に相手しなければならない。 そんな展開をビュウは望んでいない。すぐにでも、片方には動けなくなってもらいたい。たとえ、多少痛手を負ってでもだ。 女から離れて一呼吸。そして、ビュウはもう一度女へ近づいた。 ビュウは待ち構える女に拳を放つ。女はそれに両手を使って迎え撃つつもりだ。ここまでは先ほどと同じ、だが両者ともこのまま同じ流れになるとは思っていない。 ビュウの拳受け流し、女が更に間合いをつめる。互いに次の手を打とうとした、そのときだった。 「やめなさい!」 部屋に声が響く。声の主はレイだ。上体を起こし、ビュウと女性達の方を見ている。 レイの叫びに侵入者たちはとっさに動きを止めた。 だがビュウはとまらない。接近していた女の腹部に一撃を加える。 女は腹部を押さえ後ろへ下がった。ビュウは横にとび、侵入者二人が視界に収まる位置へ移動する。 レイは体を起こし、横座りの状態で問いかけた。 「なぜあなた達がここにいるの?」 「護衛のためです」 先ほどまで、ビュウの後ろにいた女性が答える。ビュウの予想通り女性達はレイの関係者のようだ。ビュウは警戒を緩めず成り行きを見守る。 「私はそんなの認めてないわ」 「必要です。実際に襲われていたではありませんか」 「あれは、ちょっとしたお遊びよ。あなたたちをおびき出すための」 「そんな訳が……」 否定の言葉がすぐに上がる。だが、それは一人だけだった。もう一人、レイの近くにいる女性は何も言わず、ビュウの様子を伺っていた。 女が受けた無防備なところへの一撃。だが、その痛みは小さかった。衝撃の瞬間、ビュウが力を緩めたのだろう。 あの一撃で潰すつもりだったはずだ。女にはそれだけの気迫が感じられた。けれども、予想に反して彼女が受けた痛みは軽微なものだった。 レイの声に反応して緩めたわけではなさそうだ。ではどうしてなのか。ビュウの表情からその真意はわからない。 それぞれが違う理由で沈黙する。静かになった部屋に屋敷の扉が開く音と人の声が響いた。窓が割れる音に外の者が気づいたのだろう。 「私は大丈夫よ」 音源が徐々に近づく中、レイは自分に言い聞かせるように言った。 「それに、今は私の命令を聞かなければならないはずよ。少なくともあと一週間は」 レイの強い言葉。二人の女性は何か言いたいようだったが、口を開くことはなかった。 「帰るついでに、屋敷に入ってきた人になんでもないから戻るように言っておいて。さあ、早く!」 ためらいながらも女性達が部屋を出た。その後、人の歩く音や会話する声、扉の閉まる音が聞こえるが、屋敷が静かになるのにそれほど時間はかからなかった。 「よく、彼女達がいるって分かったわね」 静かになった部屋で、レイが口を開く。レイは今も座ったままだ。顔が影に隠れているため、その表情はビュウからは見えない。 「なんとなく、そんな気がしてな」 そう、なんとなくそう思ったのだ。 人の気配のしない屋敷。だというのに、ビュウは言い知れぬ圧迫感を感じていた。まるで、誰かがこちらをうかがっているようで、いたるところに注意を向けてしまう。 「いるのかいないのかはっきりしない。いっそ何か事を起こせば、反応するかと思ったんだが」 「それで、私をおそ……倒したの?」 「そうだ」 まさか、窓を破ってくるとは思わなかった。ビュウとしては気配を掴むために、多少驚いてもらうつもりだったのだ。 ビュウはゆっくりとした足取りでレイに近づいた。 「レイ、少しは警戒しておけ」 「気をつけたって、誰が見てるかなんてわからないわよ」 「違う。俺に対してだ」 ビュウにはレイの反応も予想外だった。 「襲われるとは考えなかったのか?」 レイが部屋を出ようとしたとき、その背中は明らかに無防備だった。ビュウがレイを掴んだときもそうだ。振り払おうともせず、ただ不思議にこちらを見るだけだった。 「何よ、襲っておいて、偉そうに」 傍らで止まったビュウに、レイがそうつぶやく。 「あれ以上、何かしてきたら、燃やすつもりだったわ」 「本当に?」 ビュウが馬乗りになったとき、重なった体からはレイの体温が、鼓動が、そして、震えが伝わってきた。あれではにらみつけるのが精一杯で、指一本動かせそうになかった。あの状態で反撃できるとは思えない。 今も声は震えていないものの、レイの内側はまだ荒れているだろう。 「ええ、そうよ」 そう言った後、レイは動き出した。ビュウに背を向け扉のほうを向く。これ以上話すつもりはないのだろう。 ビュウもこの話題は打ち切ることにした。どう理由があろうと襲ったのは事実だ。追い出されても不思議じゃない。彼女がどう判断するかわからないが、これ以上不機嫌にはしたくなかった。 レイは前に手をついて立ち上がろうとする。けれど、何かに躓いたのか前に転んでしまう。 「なにしてるんだ?」 「なんでもないわ」 そういって何度も立ち上がろうとするが、そのたびに失敗して転ぶ。ビュウはその様子を見て気づいた。 「もしかして腰が抜けたのか?」 レイが動きを止める。否定も肯定もせず無言を貫く彼女をみてビュウは確信した。 「その様子じゃ、燃やせそうに無いな」 呆れた様な声。その声に反応してレイは振り向いた。 「しょうがないでしょ、怖かったんだから!」 突然の大声にビュウは驚く。よく見れば、見上げるレイの目に涙が浮かんでいる。 「力じゃかなわないし、魔法とか使って攻撃したら殺されるかもしれない。そうじゃなくても手を貸してもらえなくなるんじゃないかと思ったから。何もできなくて、これからどうされるのか、考えるともう……」 震えた声でそう言ってレイはうつむいた。何かに耐えるようにその体は震えている。 「……すまない。やりすぎた」 ビュウはレイの前にしゃがみこみ、顔をのぞきこんで謝罪する。 ばつが悪い。そんな表情をしたビュウがレイの目に写る。警戒も緊張も含まないその表情は、レイが今までに見たビュウのどの表情よりも自然なものだった。 ビュウは少し考えた後、レイに一言断りを入れてレイを抱き上げた。 「え、ちょっと」 「立てないんだろ。隣まで運ぶだけだ。何もしない」 レイはどうしたらいいのかわからず、両手を握り締めて固まってしまった。 ビュウは部屋を出て、廊下の奥を見る。隣の部屋の扉はすぐそこだ。 「それにしてもよく泣くな」 ビュウは思っていることを口にした。たしか、例の泣き顔を見るのは三度目だ。 「……うるさいわよ」 レイは小さい声でそれだけ言って黙ってしまう。 ビュウは隣の部屋に入り、部屋を見回す。間取りは隣と同じようだ。寝室の扉を開き、ビュウはレイをベットに降ろした。ついでにと靴を逃がせる。 「そ、それくらい」 わたわたとするレイを気にもせず、ビュウはレイの靴を脱がせた。 「それじゃあ。俺は休ませてもらう」 「う、うん」 ビュウは寝室の扉をくぐる。そこで思いだしたようにレイのほうを振り向いた。 「おやすみ」 そう言って扉を閉める。 レイは閉まった扉を呆然と見続けていた。 「……おやすみなさい」 その声は誰にも聞こえることなく、月夜の部屋にとけていった。 |