玄関を通りビュウはレイの後について歩いた。遠くから見たとおり家は大きく部屋数も多いようだ。 レイは玄関にあったランプを持ち廊下を進んでいく。ランプから発する白い光が暗い廊下を照らしていた。 ある扉の前でレイは足を止め、戸をたたく。 「キョウカ、入るわよ」 そう言ってレイは扉を開けた。 「遅いぞ。……ん?」 十畳ほどの大きさの部屋は天井から降り注ぐ光で明るく、中には3人の女性がいた。一人は椅子に座り、机に紙を並べている。もう二人はその後ろで立っていた。 座っている女性は背中に流した黒い髪を一つにまとめており、その黒い目はビュウを捉えていた。 「レイ、彼は? 見たところ同郷の人に見えるが」 「そうらしいわ、院で見つけたの」 レイはそう言いながら部屋に入る。だがビュウはドアのところから動かない。 「どうしたの? ……ああ」 ビュウの視線の先を見て、レイは納得する。 「悪いけどキョウカ以外で出てってくれる?」 レイの言葉に従って立っていた女性たちは動き出した。 ビュウは一歩後ろに下がって道を明ける。彼女たちは、ビュウを不審な目でみるも、そのまま歩いていった。 「ビュウ」 レイの呼び声で彼女たちから視線を外す。レイは既に女性の対面に座っていた。 「ここに座って」 隣の席を指差す。ビュウは部屋に入りドアを閉めた。そして、レイの隣に座る。 「彼はビュウ、学園で今日ロウターンが無許可で召喚したらしいわ。色々あってつれてきたの」 レイの紹介を聞き、女性はビュウを見る。 「ふむ」 女性はビュウの顔を眺めて口を開いた。 『はじめまして。私は杉田鏡花。医者をやっている』 キョウカの言葉にビュウは驚く。彼女の使っている言葉。それは自身に慣れ親しんだものだ。 「あ……え……」 ビュウは意味のない言葉を口に出す。 『……はじめまして。ビュウといいます』 ようやく同様に日本語で返す。使い慣れたはずの言葉なのに口に出すのに手間取ってしまい思わず敬語になってしまう。 『そんなにかしこまるな。楽にすればいい』 鏡花は探るような目つきで話を続ける。 『気づいてなかったみたいだな、違う言葉を使っていることに』 『ええ。はずかしながら』 『そうでもない。私も聞かれるまで不思議に思わなかったからな』 キョウカの目元が楽しげに笑う。 『それで、ビュウと言ったか、変な名前だな。苗字か?』 『いいや名前だ。姓はない』 『そうか。まあいい。ビュウ、お前がこっちに来たときあっちの何年の何月だった?』 『2005年の6月だったが』 『そうか。それで今日こっちにきたのか』 ビュウの口調も徐々に砕けたものになっていく。 『ここどこだ? 同郷と言っていたが』 『一言で言えば異世界だ』 レイがいった言葉をキョウカも口にした。 『異世界?』 『そうだ。私たちがいた世界とは異なる法則が支配し、異なるものが存在する世界。と言っても信じられないだろうがな。まあこれから自分で確かめたらいい』 『確かめるとは?』 『この世界にはあちらの世界には無いものがある。わかりやすいのが魔法だな。お前や私がこちらの世界につれてこられた原因だ。レイも魔法が使えるから見せてもらうといい。というかどうやら実際に体験したみたいだな』 キョウカはビュウの衣服の焼けた跡を観察しながら言った。 『盛大に歓迎されたよ』 『それは災難だったな』 ビュウからも仕掛けたのだからどっちもどっちなのだが、ビュウはそれを言うつもりはなかった。 『それでも信じられないか』 『ああ。信じられない体験もした。自分が知らない言葉をしゃべるようにもなった。それらの理由がここは異世界だからと言われたらああそうかと受け入れたくなる。それでも……』 『受け入れられないか。そうだろうな。私も徹底的に疑って調べたからな。おいおい受け入れてくといい』 『そうするよ。だが、ここが異世界だとして戻る方法はあるのか?』 来る方法があるなら、戻る方法があってもおかしくない。そう思いビュウは尋ねた。 『無いな。少なくても私は知らない。私たちをこちらにつれてきた魔法はもともとキージュと呼ぶ私たちのいた世界とは別の世界の奴をこちらの世界つれてくるものらしい』 この世界はテイクと呼ぶらしいが、とキョウカは付け加える。 『その魔法はつれてくることはできるが送り返すことはできない。それで、極まれに私たちの世界の人間がなぜか飛ばされるんだと。迷惑極まりないな』 『同感だ』 ビュウは思わずため息が出そうになるがそれを押しとどめる。 『それで、杉田さんは医者をしているといったが』 『鏡花でいい。で、医者についてか? こちらに召喚された者で医者はいなかったらしくてな。重宝されているよ。あっちではひよっこだったんだけどな』 キョウカはそれなりに大事に扱われているらしい。そんな人物がなぜレイと親しくしているのか。ビュウは疑問に思った。 ビュウは視線を鏡花からレイに移す。レイは日本語がわからないからかしきりに首を動かしビュウと鏡花の顔を交互に見ていた。 レイはそれなりの身分の人間なのだろうかとビュウは考えた。この屋敷もかなりの大きさだ。その可能性も高い。 「何?」 『何も』 ビュウの視線に気づいたレイが問いかけるが、ビュウは思わず日本語で返してしまった。レイは何を言われたのかわからず固まってしまう。 そんな彼女の首を絞めて落とそうとしたと言ったらはたしてどうなるのだろうか。ビュウはまるで他人事のようにそんなことを思った。 『基本、召喚された私たちの世界の人間は城に連れて行かれてそこで持っている知識なんかをしゃべらされる。しゃべらされるといっても尋問されるわけじゃないぞ。どこの世界から来たのか確かめるためだ』 ビュウはレイからキョウカに視線を戻す。レイはほっとしたように息を吐いた。 『その後はいろいろだ。私の場合はベルフージュ家に世話になっている。お偉いさんを診察したり、こちらの世界の医者にあちらの世界の医学を教えたりしている。ビュウはあっちでは何を? 見たところ子供に見えるが歳は?』 『16。今年で17になる』 あなたは、と尋ねるかどうかビュウは迷った。 『レイと同い年か。ということは学生か? 学生となると特定の職につかせることはないだろうが……』 『同い年?』 キョウカのつぶやきに反応して目だけを動かし、傍らの少女をみる。同年には見えない。自分よりも3つくらい下に見える。 『言っておくがレイはこの世界では平均的な体格だ。この世界の人間は私たちの世界よりも小柄らしい』 ビュウが思っていることを察して鏡花がそう補足する。話題に挙がったレイだが、会話に興味を失ったのか手持ち無沙汰に髪を指に絡ませていた。 その後世間話が続いた。こっちやあっちの世界についていろいろな言葉が飛び交う。一つ尋ねるごとに疑問がいくつも増えていく。ビュウは会話の中でその一つ一つを頭の中で整理していった。 「ねぇ、もういいかしら?」 突然ビュウと鏡花の会話をレイがさえぎった。 「話が弾んでいるのはいいんだけど、もうそろそろ私も参加させてくれないかしら」 レイは頬を引きつりながら言った。よほど放っておかれたのが気に食わなかったらしい。 「あれ、いたのか?」 「いるに決まってるでしょ!」 レイは手で机をたたき、立ち上がって大声で抗議を行う。 「いたのなら会話に参加したらどうだ」 「あなたたちの言葉を私が使えるわけ無いじゃない」 レイが悔しげに言う。キョウカも知っていてからかっているのだろう。笑みを隠そうともしていない。 「まあいいわ。それで、何の話をしてたの?」 レイが着席してキョウカに尋ねる。 「いろいろ。こっちやあっちの世界の話をだ」 「ふうん。ビュウは今日、キョウカと同じところから召喚されたのは間違いないの?」 「同じ世界から来たのは間違いないな。今日かどうかは知らないが」 「ロウターンが今日召喚したことは間違いないと思う。勘だけど、あの言い方はごまかしたって感じじゃないし」 そう言ってレイは目だけを動かしビュウを見る。 「それで、わざわざビュウをつれてきた理由は何だ? 私といっしょに城へ行かせるのか?」 ビュウもそのことは不思議に思っていた。レイからしたらビュウは不審者だ。わざわざつれてくる理由は無い。 レイは黙ったままうつむいて目を閉じている。 「レイ?」 レイはキョウカの言葉に反応するかのように目を開きうなずく。そして、体を横に向けその目でビュウを捕らえた。 「ビュウ、ここに住まない?」 「何?」 レイの言葉に鏡花もビュウもそうつぶやくだけだった。正確には彼女が何を言っているのか理解できていないため何も言えなかったのだ。 「だって行くとこないんでしょう? それに手伝ってほしいことがあるの。つまりは、あなたを雇いたいってことなんだけど」 レイはビュウの目をまっすぐ見つめてそう言葉を続けた。 「レイ、お前は――」 キョウカの言葉をさえぎりレイは続ける。 「あなたの力を貸してほしいの。衣食住は保障するし、お金だって、たぶん十分な量を用意できると思う。他になにかほしいものがあるならできる限り用意するし、自由に出歩いてもらってもかまわないから。どう――」 「レイ!」 キョウカが怒気を含ませながらレイの言葉をさえぎった。 「わがままもいい加減にしろ。そんなことさせられない」 「キョウカには関係ないでしょ」 レイの視線がキョウカに移る。 「関係ある。私は追い出された奴らを呼び戻すよう説得しろと言われている。不便に感じているならあいつらを呼び戻せば済むはずだ。こいつは城へ行くのが一番いい」 「そんなことないわ。むしろ私のところにいたほうがずっといいはずよ」 レイは断言し、ビュウに視線を戻した。 「ねえビュウどう?城に行くよりはずっといいと思うわ。この国では召喚術は国の許可がないと使えないの。そして召喚されたものは国に登録しないといけないけど、その後は召喚師が管理するか誰かに渡したりできる。でもあなたの場合ロウターンが無許可で召喚したからどうなるかわからないわ。あなたの世界から召喚されるのはまれよ。そうだとわかったら国が捕まえにくるかもしれない。そうなったら城に閉じ込めれるかも知れないわ」 レイはビュウに説明する。キョウカもレイの言うことを訂正しなかった。 ビュウは不正に召喚された。そのため、召喚した者は公の場で自身が召喚したと証言することはないだろう。そうなれば、ビュウが本当に召喚されたのかどうか誰もわからない。 だが、召喚された可能性がある以上放って置くこともできないのだ。どこかのスパイが召喚されたと嘘を言っているとも考えられるため、扱いはかなり厳重になるだろう。 「私自身に力はなくても私の家は力がある。ここにいるなら、遠くの国からきた私の客だと証言するわ。そうすれば、あなたが城へ連れて行かれることはないし、もし連れて行かれても何とかする。だから――」 レイは切実にビュウの力を欲しているようだった。なりふり構わないレイの姿をビュウは注意深く見つめる。 「何故、こいつが必要なんだ。今日あったばかりだろう」 キョウカにはレイがここまでビュウに執着する理由がわからなかった。 「確かに私はビュウのことを何も知らない。でもわかっていることがある。ビュウは強いわ」 「強い?どういう意味だ?」 「そのまんまの意味よ。少なくとも私じゃ手も足もでなかった」 その言葉を聴き、キョウカはビュウの体をもう一度観察する。ところどころ服は焼け焦げているが、おそらく体にはたいしたやけどもしていないだろう。 混乱して暴れたビュウにレイが手加減して魔法を使ったと思っていたが、実際には本気でやってこの程度しか損傷をあたえられなかったということか。 「そうか、それでか。だが、それが本当ならなおさら認められん。誰がこいつを監視する? 今この家にはお前しかいないんだぞ。自分で追い出したのを忘れたのか。今は私と一緒に来た護衛がいるが、帰ったらお前一人だ。家の外には何人かいても、こいつがお前を殺そうとしたり、金品を奪おうとしてもお前は止めるすべを持たないじゃないか」 屋敷の中に人がいない。ビュウはその言葉で一人納得した。どおりで人の気配が薄いわけだ。 「どうする? 今ここでビュウがお前と私を襲ったら。私たちにはなすすべがない」 特にレイとビュウとの距離は数十センチしかない。この距離なら彼女が何かをする前に二人を殺すことがビュウにはできた。今襲うつもりは毛頭ないが。 鏡花も今すぐ襲ってくるとは思っていない。だが、どうしても言っておかなければならない。今はそうでもこれからどうなるかわからないからだ。 「馬鹿なことだとは思う! でも時間が無いの! キョウカもわかってるでしょう?」 レイはキョウカと正面で向き合い言葉を続ける。 「次の演習が最後なの。これがだめなら私の5年間はむだになるわ」 「そんなことはない。院で学んだことを家で役立てる機会は来るはずだ」 「役立てる? 私の魔法が何の役に立つの?」 「家の行事、国の式典でお前の魔法は行かせるはずだ」 レイとキョウカが白熱していく。そこにビュウが入る余地はなかった。 「飾りになれって言うの? 院から逃げ帰った哀れな娘と笑われながら?」 「笑われるなんて」 「笑われるわよ。今だってそうよ。わがままを言うだけの無能な娘。きっとみんなそう思ってるわ」 「その年で、あれだけの魔法を扱えるのはそうはいない。十分誇れることだ」 「初歩的な魔法を維持することすらできないのに? 今の私は派手な魔法を発動できるだけ。それだけなの」 レイが言葉を口のするごとにその青い瞳が潤んでいく。 「キッカのことで焦っているのはわかるが――」 「そうよ、だから私は証明しなきゃならないの!」 キョウカの言葉に、レイは更に声を荒げる。 「私はすごいって、魔法でなら誰にも負けないって。だって、私にはもうこれしかない。だから……!」 キョウカをにらみつけるレイの目から涙がこぼれた。その涙をみて、キョウカの口が一瞬止まる。 「なんでもいい。しばらく厄介になってもいいんだろう」 その間にビュウが言葉を挿んだ。突然のビュウの発言に二人は驚いてそちらを向く。 「わからないことが多いんだ。そんな状態でどうこうするつもりはない」 ビュウはレイを見て、その後キョウカを見た。 「信じられんな」 何も言わないレイの代わりにキョウカが言った。 「だろうな」 ビュウは同意して続ける。 「元々俺がここについてきたのは自分の状況を知るためだ。まあ、二人の言葉を全て信じているわけじゃない、疑っている部分も多くある。だからいろいろと調べたい。城へ行くよりもレイの家にいた方が自由がきくならそちらを選ぶ。その間、手伝えることがあるなら協力するし、身寄りが無くなるようなことをしようとは思わない」 自分もそうするだろうなとキョウカは思った。だがそれは調べている間はおとなしくしているというだけで、その後どうするのかはわからないということだ。だがそれをレイに言っても彼女の考えは変わらないだろう。 「……ひとまず、前向きに検討してくれるってこと?」 「まぁ、そういうことだ」 このレイとビュウのやり取りでひとまず話は終わった。 |