「っつ――」
 白く染められた意識は横から受けた軽い衝撃により吹き飛ぶ。その衝撃で男は自分が倒れたことに気づいた。
 「やたっぞ、成功した! それに見ろよ、人型だ!」
 見知らぬ声に、男は体を起こして周囲を確認した。そこは一度も見たことがない場所だった。その場所は自分の住んでいたアパートの部屋ではなく、石で造られた部屋だった。炎が電灯の代わりに部屋を照らしており、5人の人間がこちらを見ているのがわかる。
 「おい、お前」
 先ほど声を上げていた奴が話しかけてきたが、部屋を見回す彼はそれどころではなかった。
 いったいどういうことだ。自分がどうしてここにいるのか、青白い光に包まれた後、自分はどうなったのかわからない。
 「聞いてるのか、呼んだのは俺だ!」
 現状が理解できず混乱している男はその声の主を見る。
 「お前が……呼んだ?」
 声の主は十四、五歳の少年だ。ほかの四人も同じくらいの少年のようだった。どの少年の顔も日本人とは違い西洋に近い顔をしている。
 「そう、お前を召喚したのは俺だ。もう魔力がないんだろ? 供給は俺の役目だ」
 そう言って少年が近づいて手を伸ばしてくるが、男はその手を払い起き上がって距離をとる。召喚、魔力、少年の言ってる言葉が理解できず、警戒心を高める。
 「何するんだ!」
 少年が叫ぶ。だが男は見据えるだけで、何も反応しない。
 「や、やばいよ、ロウターン。」
 他の少年がおびえながら言う。ロウターンと呼ばれた少年はその言葉聞いて振り向く。
 「大丈夫だ。召喚されたばっかで魔力が無いんだ。魔法どころかまともに動けないよ」
 笑いながらそう言ってロウターンは視線を戻すがそこに男はいなかった。
 「え?」
 そうつぶやいた彼の背後で鈍い音とともに人のうめき声が聞こえた。
 ロウターンがもう一度四人の方を見ると、一人が倒れている。そしてその後ろにあったドアから男が出て行くのが見えた。
 ほかの三人は呆然としていた。一瞬だった。ロウターンが話終わるまで確かに男はそこにいた。
だがロウターンが男の方を向いたときにはすでにこちらに来ており、一人の少年を突き飛ばしていた。
 目の前で起こった出来事を少年たちは信じることができなかった。
 「何してる、追え!ほかの奴にばれるとやばいぞ!」
 ロウターンの声に正気を取り戻した3人は急いでドアから出て行いった。


 いったいここはどこだ。混乱しながら男は裸足の足で廊下を走っていた。
 廊下も部屋と同じように石でできており、ところどころの壁から発する白色光が廊下を照らしている。
 廊下にはいくつもドアがあったが、後ろから何人かが追ってきているため部屋に入ることはできなかった。
 追手の少年たちはなかなか速い。本気ではないとはいえ自分の速度についてきていることに男は感心した。
 それでも、追いつかれることは無い。だがこの廊下がどこまで続くかわからない以上、追手との距離を今のうちに離しておいたほうがいいかもしれない。
 男が速度をあげようかと思ったとき、壁にドアではなく上への階段があるのが見えた。男は迷わずその階段を駆け上がる。
 ひとまず自分の状況を確認しようと男は考えた。上に行けば窓はあるだろう。外に出なくとも景色を見れば今自分がいる場所もだいたいわかるかもしれない。
 階段を上った先にはドアがあった。そこまでいきドアを開ける。
 ドアを開けた先には石畳と地面、そして木々があった。どうやら今までいたところは地下だったらしい。奥の方には噴水と水路が見え、木々の上には建物の壁が見えた。それらが橙色に染まっていることから、今は朝方か夕方のようだ。
 ドアをあけたところも廊下のようで上には庇があり、左右を見ると他にもドアが見える。廊下の先は左右への曲がり角が見える。
 そうすると目の前のにあるのは中庭だろうか。なんであれ、それなりの広さがあるようだ。広い庭ならば追っ手をまくことも出来るだろう。男は木をよけて、庭に向かって走り出した。
 彼が思ったとおりここは中庭のようだった。かなり広い庭で、噴水の近くは木々も無く、いくつかのベンチやテーブルがあった。周りを見渡すと三方は木々の奥には壁があったが、壁の無いところもありそこから太陽が見える。その太陽は少しづつ沈んでいた。
 聞こえる音は水しぶきの音だけで、その水しぶきが夕日の光に照らされきらきらと輝いている。
 「いた!」
 走っている彼の耳に、少年の声が聞こえる。こちらを見つけたようだ。思っていたよりも上ってくるのが速かったなと思っていると、さらに声が聞こえた。
 「――投擲!」
 嫌な予感。それに従い後ろを振り向くと何かが飛んでくるのが見えた。
 彼は直進するそれを避ける。通り過ぎるそれを見て何が飛んできたのかが分かった。
 火だ。火球が彼の横を通り過ぎたのだ。
 今のは何なのか。当然生まれる疑問。だが、それよりも重要なことがある。
 男は逃げる足を止め、扉へと目を向ける。
 彼が出てきた扉、その前の木々に先ほどの少年たちの一人がいる。さらにもう一人、扉から飛び出して来た。
 合流した二人は何か話すと警戒しながらこちらに歩いてきた。そして彼から二十メートルほど離れたで止まり身構えた。
 敵意だ。さっきの火球、そして今彼らの視線から敵意が感じられる。
 混乱している頭は敵意に過敏に反応した。
 敵がいる。そして攻撃する意思がある。
 もはや、ここはどこなのか、どこに逃げるのか、多くある疑問。そんなことはどうでもよくなっていた。
 敵意を向けられた以上、自身のとる行動はひとつしかない。
 男は少年たちに向かって、一歩踏み出した。それが戦闘開始の合図となった。
 「揺らめく燈火」
 少年が声を発する。すると、少年の前に火の玉が現れ、男に向かって飛んできた。
 男はそれを避ける。一体今のは何なのか。その疑問は一先ずおいておく。相手は飛び道具がある。今はそれだけ分かっていればいい。
 「光差す星影」
 もう一人の少年からも光弾が飛んでくる。
 男は身を捻りそれらをかわす。少年たちは構わず撃ち続けていた。
 何回も繰り返す。だが一向に男にあたる気配がない。それもそのはず、男からみて少年たちの攻撃は単純すぎる。そして、遅い。まだ、手で石を投げたほうが速いように思える。
 だが避けられるとしても現状は変わらない。男は少年たちに近づかない限り、攻撃をとめることはできない。
 このままでは、少年たちの仲間が来てしまう。そうすれば男が不利になることは明白だ。単純で遅くとも数が増えれば避けるのも面倒になる。
 だがそれは、このまま時間が過ぎればの話だ。男は攻めに転じることにした。もう体は十分に温まっている。本気で動くのすら久しぶりだ。体はなまっているがこれくらいどうということはない。
 男は自分の体の調子を確かめた。そして、少年たちへと走り出した。当然弾は男へと飛んでくる。男はそれを避け、少年との距離をつめた。
 少年たちはあわてて下がりながら攻撃を飛ばしてきた。だがどれもあたらない。男と少年との距離はもうすぐで0になる。そんなときだった。
 「靡く火矢」
 違和感。今までとは違う言葉。少年の眼前に火の玉が現れる。何も変わったようには思えなかった。
 結果だけ言うならば、男は飛んできた火球をよけた。だが、多少肝が冷えた。
 飛んできた火球は前のものより数段速かった。変化を感じなければ顔に大やけどを負うとこだった。
 狙い通りいかなかったことに少年たちは驚く。男はその表情を至近距離でみた。
 男はスピードを緩めることなく少年の腹部を殴る。崩れ落ちる少年をみて男は不満げに眉をひそめた。
 だが、それも一瞬、もう一人に接近。同じように腹部に一撃を加え、そのまま体当たりをかまし、少年を吹き飛ばす。
 二人の少年は意識が朦朧としており、起き上がることはなかった。
 男は息を切らすことなく、少年たちと自分の手を交互に見つめ、ため息をついた。
 そのとき彼の耳に足音が聞こえる。そちらには、木々の間からこちらを見ている二人の少年がいた。
 最初に見た五人のうちの最後の二人だ。
 「そんな……」
 ロウターンは思わずそうつぶやいた。男と少年たちを交互に見ている。男がやったことがよほど信じられないらしい。
 男は少年の反応を気にもせず、彼らに向かって歩き出す。少年たちも男の接近に体が反応する。
 男が逃がさまいと足に力を入れたとき、不意に危機感を感じた。横から何かが来る。
 咄嗟に体を前に傾け地面に転がる。さっきまで彼がいたところを熱と火の粉を撒き散らしながら何かが通っていった。
 視界の隅でその何かが当たった木とその周りが燃えているのが見える。彼は起き上がりながら飛んできたほうを見た。
 そこには夕日を背に一人の少女がいた。


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